
『トイ・ストーリー5』が絶賛公開中ですが、先日私も見てきた。
今回5を見るにあたり過去作1~4すべてもう一度見直した。
各作品で沢山の再発見、当時見ていたのとは異なる印象や感想を持ったところも多くあった。
その中でもシリーズ内で“4”が異様に不評の声が多いような印象で、周りのトイ・ストーリー好きの友達も4を認めない!といった強気な姿勢をとる人もちらちらいるように思える。
私自身、4が特別すごく面白かったという記憶はあまりなかったが、不評な理由もいまいち思い出せないなという状態で今回見直した。
実際見直してみたら、「あれ? 思ったより”4″悪くないんじゃないか」「結構面白いところもあるぞ」と思うところがあったので、その気持ちを記しておくための場所にする。
ちなみに私は他のピクサー作品も好きでよく見ます。
その中でもひときわ『トイ・ストーリー』が好きというわけでもないですが、結構好きな作品のひとつではある。ってくらいのテンションの人が書いてるものだと温かい目で見てほしい。
無限の彼方へ、さあ行くぞ
『トイ・ストーリー3』の罪
4を語るうえで、前作『トイ・ストーリー3』に触れないわけにはいかない。
3を振り返ったときに、かなり絶賛の論が多いように感じる。
私的には諸手を上げて大絶賛とはいかないかなあというのが3の印象。
今回見返してもその気持ちはやっぱり変わらなかった。
焼却炉でおもちゃとしての”死”を悟り、これまでの仲間たちと見つめ合って手を握り合うシーンやアンディがボニーに自分のおもちゃをゆずる際に一つ一つのおもちゃの思い出を語るシーンなど感動的で胸を突き動かされる部分は多い。
だけど、「それをやったら、そりゃあいいって言わざるを得ないじゃん」て気持ちにどうしてもなってしまう。禁じ手をずっと切り続けているようなイメージだった。
確かに3で終わっておけば、きれいなまとまりとして受け入れやすく、3の続篇であはあるがかなり雰囲気も結末への運び方もガラッと変えた4が叩かれやすいのはわかる。
でもそれは、4のよしあしを純粋に決める要素としては違うのではないかと思う。
3がまとまりのいい終わりを迎えた。
だからこそ4はおもちゃの幸せというテーマを同じ方向性でこれ以上広げられない、少し趣向を変える必要がある、そんな中うまれた作品としては私は全然受け入れることができた。
でもこれは『トイ・ストーリー3』の罪というよりは、長く続く人気フランチャイズ作品の性なのかもしれない。だからこそ4単体でどこが良くて行けてなかったのかに集中して今回は個人的に見ることに意識を割けたと思う。
あのラストがやっぱり万人受けはしなかったのか
4の印象的なところはやっぱりウッディが物語終盤でする決心ではないかと思う。
ウッディは、持ち主の幸せを第一に考えるそんなおもちゃの人生がすべてだと思っていたけれど、かつての同じ家の仲間であり恋人だった、ボー・ピープが持ち主の元を離れて自由に生きている様子を目の当たりにする。
持ち主に尽くしきる、それだけがおもちゃの幸せではないのかもしれない、これまで持ち主やおもちゃたちの幸せを考えて、自分の欲望にはうとかったウッディが初めてする自分のための決断。
ボーと出会ってからずっと迷っていたのか、ボーとの別れのシーンでこれまで通りおもちゃとして持ち主であるボニーの幸せを優先して家に帰ろうとするが、その顔はかなり浮かない。
そこでバズが「彼女は大丈夫」と声をかける。
てっきり、ボーは一人でも大丈夫だから、早く一緒にみんなのところへ帰ろうという意味かと思うが、そのあとすぐに
「ボニーは大丈夫だ」という。
ウッディがボーのところを離れたくない気持ちとみんなのもとに戻りたい気持ちで葛藤する中、すべてを察して、背中を押すバズ。バズ、君ってやつは。
ウッディとバズ、二人のこれまでの関係があるからこそ、生まれるそんな素敵なシーンで個人的に大好きな瞬間。
最大の友の後押しもあり、これまでアンディ、ボニー、おもちゃの仲間たちを思うあまり、結果的に自分をあまり優先してこなかったウッディがする大きな決断は、彼らしくもあってとても素敵。
こんなのウッディじゃないっていう声も聞いた気もするが、おもちゃだけどすごく人間くさい、これこそウッディじゃないかっていうシーンだと思う。
ここがいいぞ4 -人間よりも人間なウッディというおもちゃ-
この前にラストシーンの話をしたけれど、ウッディがあの決断に至るまでのこれまでをざっくり振り返ってみたい。
ウッディの人生=トイ・ストーリーの歴史みたいな側面もあるのでざっくり1から振り返る。
『トイ・ストーリー』新参者バズに嫉妬し、バズを窓から落としちゃう
「そこだけ切り取るなよ」って声が聞こえてきそうですが、見直した時にかなりウッディ怖っ!やば!って思ったシーンだったのであえて取り上げる。
でも同時にこういう感情は誰しもあるよねとも思わされた。
保安官であり、みんなのリーダーとしてグループの中心にいたウッディ。
ある日アンディの新しいおもちゃとしてやってきたバズは、ハイテクなスペースレンジャーのおもちゃですぐにみんなの注目の的になる。
しかも本人はおもちゃであることを自覚せず、本当にスペースレンジャーの一員だと疑わないとんでも野郎ときた。これはウッディも焼きが回りそうだなって。
この時のウッディは、みんなに構ってもらえない寂しさ、バズへの嫉妬、自分がいた場所を奪われた喪失感、いろんなネガティブな気持ちが一気に押し寄せて、事故とはいえバズを家の窓から落としてしまう。みんなはウッディがバズをわざと落としたと責める始末で、言い訳の余地もない。
うーん、結構可哀そう。ウッディが悪いのはそうなんだけど、ちょっとだけ、いや結構可哀そう。
全く話を聞いてもらえないところとかは、さすがにほかのおもちゃたちも薄情すぎやしないかと思ったりもした。
すんごい人間っぽいおもちゃなんだな、ウッディはと思う一作目だった。
『トイ・ストーリー2』自分はまさかのプレミアおもちゃ、カウボーイ仲間との出会い
なんとウッディがガレージセールで悪意ある人間に盗まれるところから始まる”2″。
おもちゃ屋の店主アルに連れていかれた先には、ウッディがカウボーイの人気番組の人形であったことを語るジェシーとプロスペクターというカウボーイおもちゃの仲間がいる。
ジェシーとプロスペクターは博物館でプレミアおもちゃとして飾られて大切に展示されることを夢見ており、その夢にはウッディが欠かせない。
ウッディがいつもの仲間のところに帰れば、ジェシーとプロスペクターは倉庫戻りになってしまう。
かつての仲間か、新しい友かを選ばなければいけないという、かなりの究極の選択を迫られ、ジェシーやプロスペクターと関わるうちにウッディは”一緒に博物館に行く”ことを決める。
ここで私が思ったのは、ウッディはかたくなにアンディのもとでお気に入りのおもちゃとして過ごすおもちゃライフが絶対の主義の人ではない全然ないってこと。
あんな決断を迫られたらウッディだって迷うし、ジェシーやプロスペクターの心情を思い、彼らと過ごした時間は短くとも本気で彼らのことを考えた結果、一度は博物館に行くことを決める。
うん。すっごく人間っぽい。そう、ウッディは全然完全無欠のリーダーでは全くない。
『トイ・ストーリー2』の段階でかなり迷っているし、こういうタイプだよね、ウッディって思っていると”4″の結末は全然ありにも思える。
『トイ・ストーリー3』たった一人で仲間を救出、最後は仲間といることを選ぶ
時は経ちアンディも大きくなり、大学生になろうとしていた。
かつてのようにおもちゃで遊ぶことはないものの、おもちゃを大切にあつかってきたアンディは、彼らを捨てることなく、屋根裏部屋にしまおうとする。
お気に入りだったウッディだけは大学に持っていこうとするが、ひょんなことから、仲間たちが保育園に送られてしまう。
そこの保育園には、陰でおもちゃ界を自分の意のままに操るロッツォがいて仲間たちをロッツォの下からウッディが単身で救い出すというストーリー。
ロッツォの危機から何とか逃れ、ラストシーンでアンディの下を離れ、ボニーという心優しい少女のもとに仲間たちが送られる。
ウッディは一人アンディとともに大学に行く予定だったが、最後にそれを取りやめ、みんなと一緒にボニーに渡すおもちゃの段ボールの中に身をひそめる。
アンディと離れることなんて考えもしなかったウッディ(2でブレかけたけど)が、ここではおもちゃの仲間たちと一緒にいることを選択し、アンディの下を離れる。
1、2と葛藤もありながら、アンディの幸せ・おもちゃ仲間との幸せを考えてきて、選択してきたウッディ。ここでは迷える印象は少なく、ウッディが自分の中でちゃんと一つの答えを出したという印象を受けた。
従来の考え・価値観を変えて新しい決断をするという意味だと、3の頃からウッディはそんな心情だったのではと感じる印象的なシーンだった。
『トイ・ストーリー4』そして仲間、ボニーとの別れ・新たな決断
4はウッディにとって酷な状況からまたスタートする。
アンディの家からボニーの家にやってきて、おもちゃとして遊んでもらえる環境にはなったものの、ボニーのおままごとの選抜に最近はウッディは選ばれず、クローゼット残りの常連と化している。
そんな中、ボニーが幼稚園でうまくやれるように、みんなの反対を押し切ってリュックに潜んで単身様子を見に行くウッディ。
このあたりから、ウッディの目がきまっているように私には見える。
今までおもちゃとしての危機を何度も乗り越えてきたけど、普通に遊ばれなくなるというおもちゃとしての寿命を意識せざるを得ないようなシチュエーションが切なくもあり、寂しくなる。
その状況下で自分のアイデンティティをどうにかして見つけようとするウッディが非常に健気。
ボニーの幸せを第一に考えて、自分の役割はボニーが自分で工作して生み出したフォーキーを守ることであると自身の存在意義を見出していく。
物語中盤、フォーキーの救出に失敗して、ボーや仲間からもう危険を冒してまで助けに行けないといわれ、ウッディは声を荒げる。
「もう、俺にはこれしかないんだよ!!!」
辛い。トイ・ストーリー全作品通して(主には2以降)からのテーマとしておもちゃとしての幸せをどう考えるかというものがあるが、彼自身もずっと迷ってきているし、いざ遊ばれなくなるという危機に直面し、自身の存在が何でもないものなんじゃないかと思わされ苦しむ様子を表したシーンに思える。
仲間の声にあまり耳を貸さずに、独断で動くウッディの目のきまり具合はこのあたりからきていたんだと納得する。
ウッディはずっと気を張っておもちゃの幸せを追い求めてきた。
感情が揺れ動いて、悩んで、苦しんだ末の決断が一度は離れ離れになってしまった恋人と一緒にいることを望むというものだった。
全然ありじゃないかって私は思う。むしろこれまでのウッディを思えば必然とさえいえる4の結末はすごくすんなり入ってきた。
めっちゃ人間的だし、私は正直4があったからウッディというキャラクターをより愛せる、身近なものに感じることができた。葛藤こそ人間味だと思う。(おもちゃだけど)
さいごに『トイ・ストーリー5』へと続く物語
今回は『トイ・ストーリー4』を見直したら、初回で見たときより沢山感じることがあったから気持ちを振り返ってみた。
世間での評判とは少し異なる話をしたかもしれないが、これを読んだ人がまた『トイ・ストーリー4』を見てみようかとふと思っていただけたら嬉しい。
最新作『トイ・ストーリー5』は4を下敷きに話が進むこともあり、ぜひ5に備える意味でも見てほしい。また、4、5と連続した大きな物語としても見れると思う。
5も個人的にはすごく楽しめた。5のおかげで4の位置づけがまた変わるようにも思える。
トイ・ストーリーという作品が今後もどうなっていくのか、今後も注目していきたい。
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